高砂神社

兵庫県高砂市高砂町190(Mapiongooglemap

高砂神社大鳥居

年末の山陽電鉄沿線御朱印拝受、最後は高砂市の高砂神社。縁結び、夫婦和合、長寿の象徴とされる相生松があることで古くから広く知られてきました。謡曲『高砂』の「高砂や この浦舟に帆を上げて…」は昔から結婚式の定番で、披露宴の新郎新婦の席は「高砂」と呼ばれます。

山陽高砂駅から南へ約1kmで高砂神社の西門に着きますが、正面である南側に回りました。道路沿いに大鳥居まで南下、それから参道を神門へ。

高砂神社神門

神門。筋塀には4本の定規筋が入っています。

高砂神社、御神木のイブキ

御神木のいぶき。阿蘇の神主友成が上京の途中に高砂の浦に立ち寄ったとき、杖にしていた木を地面に突きさしました。それが根付いて芽を吹いたのがこの木だとされます。

高砂神社能舞台

平成25年に落成した新しい能舞台。

高砂神社拝殿

正月準備が進む拝殿。

高砂神社本殿

本殿。

高砂神社、ひょうたん池と弁財天

ひょうたん池と弁財天。モダンなデザインの狛犬が守っています。

高砂神社、五代目相生松と霊松殿

五代目相生松と、三代目相生松を保存する霊松殿。

高砂神社、摂社尉姥神社

摂社・尉姥神社。

高砂神社、境内末社

境内末社。左から稲荷神社、三社(春日・神明・八幡神社)、住吉神社。三社は三社託宣に因むものでしょう。住吉神社は尉姥神社のすぐ脇にあり、能の『高砂』に関わるのかもしれません。

高砂神社、和魂神社

和魂神社。護国の英霊を祀ります。

高砂神社、境内末社

左から猿田彦社、秋葉社、神馬舎、天満社、粟島社。境内には見事な松の木が生い茂っています。

高砂神社、神馬舎の白馬像

神馬舎の中の神馬像。

高砂神社、榎神社

榎神社。御祭神は榎大神で、相殿に大地主大神。境内の片隅のわかりにくいところにあります。脇には白蛇社と稲荷社が祀られています。

高砂神社、会館壁面の尉と姥

高砂神社会館の壁面に描かれた尉と姥。とても見るものが多い神社です。

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高砂神社の御朱印

御朱印は本殿裏手の社務所にていただきました。

高砂神社の御朱印

高砂神社の御朱印。墨書は「播州高砂」。下は尉と姥の輪郭に「高砂神社」と謡『高砂』の一節「唯今木蔭を清め候ふこそ高砂の松にて候へ」。

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高砂神社の概要

高砂神社(たかさごじんじゃ)
正式名称:高砂神社
御祭神:大己貴命 /配祀:素盞嗚命、奇稲田姫命 /摂社尉姥神社:伊弉諾命、伊弉冉命
創建年代:神功皇后の御代
鎮座地:兵庫県高砂市高砂町190
社格等:旧県社

【御由緒】
社伝によれば、神功皇后は三韓征伐において大己貴命の神助を得ました。その凱旋の途次、鹿子の水門(かこのみなと)に停泊し、当地に大己貴命をお祀りしたのが高砂神社の創祀とされます。

天禄年間(970~73)国内に疫病が流行したため、国司が阿閉臣正敦に祈祷せしめたところ、夢に素盞嗚命と奇稲田姫が現れたことから、両神を合わせ祀ったと伝えられます。

歴代姫路藩主の崇敬篤く、慶長6年(1601)池田輝政は社領10石を寄進。同10年(1605)北西の松林の中に遷座させ、その跡に高砂城を築きました。一国一城令で高砂城が廃城になった後、寛永2年(1625)本多忠政は旧地に復座させ、社領20石を加えて30石としました。

名高い相生松は根が一つで雌雄の幹が左右に分かれているという松で、神社創建から間もない頃、境内に生えました。ある時、尉と姥の二神が現れ、「我は今より神霊をこの木に宿し、世に夫婦の道を示さん」と告げられたといいます。尉と姥の神は伊弉諾命と伊弉冊命とされ、摂社・尉姥神社に祀られています。

本多忠政は、この松が枯死したことを惜しみ、福居村(現・姫路市別所町別所)にあった松を移植しました。これが三代目相生松で、大正13年(1924)天然記念物に指定されたが、残念ながら昭和12年(1937)枯死してしまいました。現在は幹が霊松殿で保管され、その傍らでは五代目相生松が生長しています。

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