有間神社

神戸市北区有野町有野4435(Mapiongooglemap

有間神社

神戸で所用を終え、山陽電鉄沿線のいくつかの神社に参拝してから四国に向かおうと最寄の駅に送ってもらう途中、有間神社の初詣でのポスターと幟を見つけました。

有間神社はすでに御朱印をいただいていたので、今回は参拝しない予定でした。しかし、なにかそのポスターから神社のやる気というか、頑張っている雰囲気が伝わってきたので、急遽予定を変更、有間神社に立ち寄ってみることにしました。

有間神社黒木鳥居

黒木鳥居。嘉永2年(1849)孝明天皇の大嘗祭で使用されたものが下賜されました。社殿前に建っていましたが、朽ちてしまったため、石段を登ったところに人造のものが再建されました。

有間神社 有馬社の社号石

「有馬社」の社号石。元文元年(1736)丹波国の儒学者・並河誠所によって建てられたもの。並河は寺社奉行・大岡越前守の許可を得て、摂津国の式内社のうち、社号が正しく伝わっていない20社に社号石を建てました。

有間神社境内社

境内社。

有間神社 不動明王

不動明王の祠。かつて神宮寺に安置されていたもの。扉の前には花が供えられ、不動明王の真言が置かれていました。

有間神社 子安石

子安石。旧称の「山王」が「産の緒」に通じることから安産の神として信仰を集め、妊婦が子安石に安産を祈願し、出産の後に神前を流れる川で母子の身を清めたと伝わっています。

有間神社拝殿

鉄筋コンクリート造の拝殿。宮司さんや氏子の方が正月を迎える準備をしている最中でした。公式サイトの古写真や古い境内図を見ると、かつては本殿・幣殿のみで拝殿はなかったようです。

有間神社本殿

本殿。寛政8年の再建。脇障子や蟇股には見事な彫刻が施され、なかなか立派なものです。

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有間神社の御朱印

参拝後、社務所にて御朱印を拝受。宮司さんは若い方で、最近就任されたようです。ポスターや幟から感じた意欲がどこから来たのか、よくわかる感じでした。

有間神社の御朱印(平成20年)

平成20年にいただいた御朱印。下の印は「有間神社」、上の印は鯛に「夷大神」。鯛の印は、有間神社は神鉄七福神(休止中)の恵比寿神であることによるものでしょう。有間神社の公式サイトによれば、美保神社から事代主神(恵比寿神)を勧請したのは昭和10年、一方、神鉄七福神が有馬七福神として開設されたのは昭和7年のとのことです。七福神への参加を機に事代主神を祀るようになったと思われます。

有間神社の御朱印(平成26年拝受)

こちらは今回いただいた御朱印。「有間神社」の印のみです。

有間神社の概要

有間神社(ありま じんじゃ)
正式名称:有間神社
旧称等:山王宮
御祭神:大巳貴大神、少彦名大神、天御中主大神、事代主大神
創建年代:不詳
鎮座地:神戸市北区有野町有野4435
社格等:式内社、旧郷社
http://arimajinja.com/

【御由緒】
有間神社の創建は不詳ですが、舒明天皇3年(631)天皇が有馬温泉に行幸された際に参拝されたと伝えられているので、この頃には鎮座していたとされます。古くは名来村に祀られていましたが、霊亀元年(715)有馬川の水害で境内が流失したため、西尾村の現社地に遷座しました。平成27年(2015)は遷座より1300年になります。

延喜の制では小社に列し、有馬郡の一ノ宮、有間総社として崇敬を受けました。江戸時代には山王宮と称し、周辺7ヶ村の鎮守でした。明治初めに有馬神社と改称、旧別当の山王山神宮寺は神仏分離により廃寺に。さらに明治33年(1900)有間神社と改めました。

当初の御祭神は大巳貴神と少彦名神の2柱でしたが、安和元年(968)天御中主神を配祀、さらに昭和10年(1935)美保神社より事代主神を勧請しました。

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