四国24番 最御崎寺〈文政8年〉

文政8年『神社仏閣順拝帳』
四国24番 室戸山 明星院 最御崎寺
土佐国安芸郡東寺村(高知県室戸市室戸岬)

四国24番最御崎寺の納経

阿波国最後の札所・23番薬王寺から24番最御崎寺までは約75km、四国霊場中2番目の長丁場です。道路が整備されていなかった江戸時代は、さらに距離が長かったでしょう。旧3月18日に薬王寺に参拝した太郎助が最御崎寺に参ったのは同21日、四国を回り始めて11日目です。

最御崎寺は室戸岬の先端にあります。26番金剛頂寺を西寺(にしでら)と称するのに対し、東寺(ひがしでら)と呼ばれます。往古、両寺は一体として扱われることが多く、西寺の住持が東寺の住持を兼帯することもあったようです。故・五来重博士は、東寺が胎蔵界、西寺が金剛界を表し、両寺合わせて金胎両部の修行が行われたのだろうと推測されています。

弘法大師の出家宣言の書ともいうべき『三教指帰』には、若き日の弘法大師が室戸岬で虚空蔵求聞持法を修したことが記されています。大師が19歳の延暦11年(792)、場所は最御崎寺近くの御厨人窟(みくろど)でのこととされます。

大同2年(807)唐より帰朝した大師は室戸岬を訪れ、嵯峨天皇の勅願により自刻の虚空蔵菩薩像を本尊として当寺を開創したと伝えられます。元は約6km北方の四十寺山にありましたが、その後、現在地に移転したとされます。

歴代天皇や足利幕府、土佐藩主の帰依が深く、寺領の寄進や堂宇の造営が行われました。江戸時代までは女人禁制で、東寺の女性の納経帳を見ると観音窟(一夜建立の岩屋)に参拝していたようです。

明治の廃仏毀釈で荒廃し、大正年間に再建されました。

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最御崎寺の納経

四国24番最御崎寺の納経

『順拝帳』を見ると、右から順に

「奉納」
「本尊虚空蔵」
「土州」「東寺」
「酉三月廿日」

中央の朱印は火炎宝珠に虚空蔵菩薩の種字「タラーク」。右上の印は「四国廿四番」、左下は「最御崎寺」。

最御崎寺の概要

室戸山 明星院 最御崎寺(ほつみさきじ)
現名称:室戸山 明星院 最御崎寺
御本尊:虚空蔵菩薩
創建年代:大同2年(807)
開山:弘法大師
所在地:土佐国安芸郡東寺村(高知県室戸市室戸岬)
宗派等:真言宗豊山派
http://www1.ocn.ne.jp/~nijyuyon/(※リンク切れ)

文政8年『神社仏閣順拝帳』
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