浄土真宗と御朱印(5)

長浜御坊・大通寺の御判

江戸時代の浄土真宗の順拝帳を見ると、他宗の納経帳とは大きく異なる特徴があります。そのあたりから、浄土真宗と御朱印について、もう少し考えてみたいと思います。

「納経の証明」として授与するものではなかった

浄土真宗の巡拝帳を見て、すぐに気が付くのは「奉納経」「奉納大乗妙典」といった納経に関する文言がまったく見られないことです。一番上に掲げたのは、前回も掲載した大谷派の長浜御坊(現在の長浜別院)大通寺のものですが、奉納経等の文字はありません。

仁和寺、仏光寺本廟

これは寛政7年(1795)真宗の順拝帳で、右が京都の仁和寺(真言宗御室派)、左は仏光寺東山御坊(真宗仏光寺派)、現在の仏光寺本廟(京都市東山区)になります。本願寺派・大谷派だけでなく、真宗各派に共通して「納経」等の文言が入らないことがわかります。

江戸時代の神社の納経印と比較すれば、その特異性がよくわかります。

多賀大社、唯念寺

寛政7年(1795)真宗の順拝帳より、右が近江国犬上郡多賀村(滋賀県犬上郡多賀町多賀)の多賀大社、左が同犬上郡四十九院村(滋賀県犬上郡豊郷町四十九院)の兜率山唯念寺(大谷派)。多賀大社のほうは、署名は大神主ですが、一行目に「奉納経」の文字があります(「近江国 奉納経」)。一方、唯念寺のほうには由緒に関する結構詳しい文章があるものの、納経に関する文言はありません。

納経帳の起源が六十六部の納経帳にあり、六十六部は神社仏閣を問わず納経をしました。納め札を納めるのが主流になって以降も「納経をした」という建て前でしたし、古い時代には実際に経典(ただし写経ではなく版経=印刷した経典を納める例もあったにせよ)を納めたようです。そのため、初期の納経帳では神社でも「奉納経」等の文言を入れるのが普通でした。

田村神社の納経

享保11年(1726)の納経帳、讃岐国一宮の田村神社。「奉納大乗妙典 一部」とあります。この当時、すでに田村神社では神仏分離が行われて唯一神道となっていましたが、まだ納経に抵抗がなかったことを示しています。

しかし、文化・文政の頃になると、神仏分離を行った神社を中心に、納経に関する文言がなくなっていきます。

田村神社の納経

文政8年の『神社仏閣順拝帳』でも、既に紹介している田村神社や白鳥神社のほか、吉備津神社(備中国)や杵築大社(現在の出雲大社)で「奉納経」等の文言がありません。いずれも江戸時代の半ばに神仏分離を行った神社です。一方、別当寺が納経を司るなど神仏習合色の強い神社では納経に関する文言が入ります。納経に関する文言を入れるか否かは、かなり意識的なものだったと考えられます。

もう一つ参考になるのが日蓮宗の納経印と御首題帳です。

小湊誕生寺の納経印(安政7年)

既に一度紹介していますが、安政7年(1860)六十六部の納経帳にある小湊誕生寺の納経印です。右上に「奉納経」とあります。排他的なイメージのある日蓮宗ですが、六十六部は法華経を納経するという建前でしたから、納経への対応に問題はなかったものと思われます。

小湊誕生寺の御首題(江戸時代)

こちらは年代不詳ですが江戸時代のものと思われる御首題帳。当時、本山・本寺クラスの寺院はお題目ではなく寺院名を書いていたようです。このページだけだとお題目がないため納経帳と違いがないように見えますが、よく見ると納経に関する文言がありません。納経帳と御首題帳を意識的に区別していたことが伺われます。

吉崎東別院の御判

こちらは前回紹介した弘化4年(1847)六十六部の納経帳の吉崎西御坊。やはり納経に関する文言がありません。日蓮宗と違い、六十六部が相手であっても納経に関する文言は入れなかったことがわかります。

以上のような例から見て、「奉納経」など納経に関する文言を入れるかどうかは意識的に選択されていたと考えてよいと思います。納経に関する文言を入れないことによって、納経(納札の奉納などを含めて)に対する証明として授与するわけではないことを明示しているわけです。納経に関する文言を入れない神社が増えたのも、国学・復古神道の隆盛による神職の意識の変化があるのでしょう。

真宗の場合、18世紀末の寛政年間時点で完全に納経に関する文言が見られないこと、さらに真宗が念仏以外の雑行雑修を認めないことを考慮すると、かなり早い時点から(たぶん、順拝帳という形式が登場した当初から)意図的に納経に関する文言は入れてなかっただろうと考えられます。

つまり、浄土真宗の順拝帳は、当初から意識的に「納経の証明」という意味を持たせていなかったと考えられるわけです。

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浄土真宗と御朱印(1)
浄土真宗と御朱印(2)
浄土真宗と御朱印(3)
浄土真宗と御朱印(4)
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