四国85番 八栗寺〈文政8年〉

文政8年『神社仏閣順拝帳』
四国85番 五剣山 千手院 八栗寺
讃岐国三木郡牟礼村(香川県高松市牟礼町牟礼)

四国85番八栗寺の納経印

四国3日目の行程は85番八栗寺から。屋島寺から八栗寺までは源平合戦ゆかりの旧跡が多く、真念の『四国辺路道指南』には佐藤継信の墓、相引川、壇の浦、那須与一駒立岩、祈り石、洲崎の堂(州崎寺)、継信が射落とされた場所(射落畠)、太夫黒(義経の馬)の墓、源氏の本陣跡などが挙げられ、寂本の『四国徧礼霊場記』は「洲崎の堂并次(継)信の墓」としてわざわざ一項目を立てています。太郎助もこれらの旧跡を見ながら歩いたのでしょうか。

八栗寺は五剣山の中腹にあります。五剣山は山の頂上が五つの峰に分かれていることに因みますが、東端の五の峰は宝永4年(1707)の地震で崩れています。

寺伝によれば、延暦23年(804)弘法大師が聖観世音菩薩を本尊として一寺を建立し、山頂から八ヶ国が見えることから「八国寺」と名付けたとされます。大師は入唐求法の心願成就を祈願するとともに、その功を試みるために8個の焼栗を埋めました。

天長6年(829)、唐より帰朝した大師は再び五剣山に登り、求聞持法を修しました。満願の日、天より五柄の剣が降り、金剛蔵王権現が示現し「この山は仏教相応の霊地である」と告げました。そこで大師は五柄の剣を五つの峰の中腹に埋め、五剣山と名付けました。また、8個の焼栗が芽を吹き、生長していたことから八国寺を八栗寺に改めたとされます。

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八栗寺の納経

四国85番八栗寺の納経印

『順拝帳』を見ると、墨書部分は版木押しで、右から順に
「納経」
「正観世音大悲殿」
「東讃」「八栗寺」

朱印は右上に「八十五番」、左下に「千手院」。

八栗寺の現在の院号は「観自在院」ですが、当時は「千手院」だったようです。この院号は71番弥谷寺と同じものです。八栗寺と弥谷寺の縁起は非常によく似ており、山号は「五剣山」と「剣五山」、しかも院号まで同じだったということになりますが、その理由はよくわかりません。

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八栗寺の概要

五剣山 千手院 八栗寺(やくりじ)
現名称:五剣山 観自在院 八栗寺
御本尊:聖観世音菩薩
創建年代:天長6年(829)
開山:弘法大師
所在地:讃岐国三木郡牟礼村(香川県高松市牟礼町牟礼)
宗派等:真言宗大覚寺派

(八栗ケーブル)

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