四国21番 太龍寺〈文政8年〉

文政8年『神社仏閣順拝帳』
四国21番 舎心山 常住院 太龍寺
阿波国那賀郡加茂村(徳島県阿南市加茂町)

四国21番太龍寺の納経

弘法大師の『三教指帰』に「阿国太龍嶽にのぼりよじ、土州室戸崎に勤念す。谷響きを惜しまず、明星来影す」とある太龍嶽は四国20番太龍寺のこととされます。若き日の大師が修行した霊場であり、「西の高野」と称されています。

標高約600mの太龍寺山の山頂近くにあり、「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と称されるように、12番焼山寺・20番鶴林寺とともに阿波国を代表する難所の一つでした。

弘法大師は現在の境内から500mほど離れた舎心嶽で「虚空蔵求聞持法」を修したと伝えられます。現在、舎心嶽にはブロンズ製の「求聞持修行大師像」が安置されています。

寺の縁起によれば、延暦12年(793)桓武天皇の勅願により阿波の国司・藤原文山が伽藍を建立、本尊虚空蔵菩薩をはじめ、大師が自ら刻んだ諸尊像を安置しました。山号はこの舎心嶽に、寺号は修行中の大師を守護した龍神に因むとされます。

天長2年(825)淳和天皇が寺領を寄進、嘉保2年(1095)には白河上皇の命により東寺の長範が再興しました。武家の崇敬も篤く、天正年間(1573~92)には長曽我部の兵火にかかりましたが、徳島藩主・蜂須賀家の外護により再建されています。

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太龍寺の納経

四国21番太龍寺の納経

『順拝帳』を見ると、墨書部分は版木押しで、右から順に

「奉納大乗妙典」
「虚空蔵大士宝前」
「阿波国太龍密寺」
「三月十七日」「行者丈」

「宝前」の「宝」の字は「宝+去」のような、ちょっと変わった字体です。

中央に朱印はなく、右上の印は「四國第廿弌番」。左下の「太龍嶽」の印は、現在使われているものと同じデザインのようです。

太龍寺の概要

舎心山 常住院 太龍寺(たいりゅうじ)
現名称:舎心山 常住院 太龍寺
御本尊:虚空蔵菩薩
創建年代:延暦12年(793)
開山:弘法大師
所在地:阿波国那賀郡加茂村(徳島県阿南市加茂町)
宗派等:高野山真言宗(準別格本山)

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