四国20番 鶴林寺〈文政8年〉

文政8年『神社仏閣順拝帳』
四国20番 霊鷲山 宝珠院 鶴林寺
阿波国勝浦郡鶴敷地村(徳島県勝浦郡勝浦町生名)

四国20番鶴林寺の納経

四国8日目は20番鶴林寺から。標高約550mの鶴林寺山の頂にあり、「一に焼山(12番焼山寺)、二にお鶴(20番鶴林寺)、三に太龍(21番太龍寺)、遍路ころがし」と言われた阿波国有数の難所です。

寺伝によれば、延暦17年(798)桓武天皇の勅願により弘法大師が開創したとされます。大師がこの地で修業していた折、雌雄2羽の鶴が交互に杉の梢に舞い降り、黄金の地蔵菩薩像を守護していました。そこで、近くの霊木から3尺(約90cm)の地蔵菩薩像を刻み、黄金の地蔵菩薩像を胎内に納め、本尊としたと伝えられます。

山号の「霊鷲山」は、お釈迦様がたびたび説法されたというインドの霊鷲山に似ていることに因んで名づけられました。

以来、平城天皇、嵯峨天皇、淳和天皇をはじめ、源頼朝、源義経、三好長治、蜂須賀家政などの武将の帰依を受け、伽藍の造営や寺領の寄進がたびたびありました。

県指定文化財の三重塔は、勝浦町の公式サイトによれば文政10年(1827)の建造。太郎助の参拝の2年後になります。『日本歴史地名大系 徳島県の地名』によれば、文化14年(1817)・文政元年(1818)の刻銘・墨書銘があるとのことなので、太郎助は建築中の塔を見たということになるのでしょうか。

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鶴林寺の納経

四国20番鶴林寺の納経

『順拝帳』を見ると、右から順に

「奉納」
「本尊地蔵大士」
「阿波国」「鶴林寺」
「三月十七日」

中央の朱印は鶴。四国霊場の御朱印でも、特に20番鶴林寺の鶴と39番延光寺の亀はよく知られていますが、鶴林寺の鶴の印は、デザインこそ違うものの、この当時から用いられていたようです。

右上の印は錫杖に「四国廿番」、左下は「宝珠院」。

鶴林寺の概要

霊鷲山 宝珠院 鶴林寺(かくりんじ)
現名称:霊鷲山 宝珠院 鶴林寺
御本尊:地蔵菩薩
創建年代:延暦17年(798)
開山:弘法大師
所在地:阿波国勝浦郡鶴敷地村(徳島県勝浦郡勝浦町生名)
宗派等:高野山真言宗(別格本山)

文政8年『神社仏閣順拝帳』
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