四国13番 一宮大明神〈文政8年〉

四国13番 一宮大明神の納経

文政8年『神社仏閣順拝帳』
四国13番 一宮大明神
阿波国名東郡一宮村(徳島県徳島市一宮町)

四国13番 一宮大明神の納経

江戸時代の四国13番札所は一宮大明神、現在の一宮神社で、納経は別当の大日寺が司っていたことは、四国八十八ヶ所についてある程度の知識のある人なら知っていることと思います。しかし、この『順拝帳』では一宮大明神と大日寺の双方で四国13番の納経を行っています。

江戸時代の一時期、一宮神社の大宮司が別当大日寺とは別に納経を行っていたというのは、この納経帳を見るまで聞いたこともありませんでした。非常に興味深い納経なのですが、これを分析するためには、前後の時代の納経帳も含めて考える必要があります。13番札所の納経の問題についてはいずれ稿を改めて考察することとし、ここでは一宮神社の納経としてのみ扱いたいと思います。

徳島市の一宮神社というのは非常に扱いが難しい神社で、丁寧に説明すると相当な分量を必要とします。よって、最低限必要な内容をなるべく簡潔にまとめたいと思います。

まず阿波国の一宮について。一般に阿波国の一宮は鳴門市の大麻比古神社(1番霊山寺の奥之院でもあった)とされていますが、近年では大麻比古神社が一宮とされたのは室町時代以降で、本来は一宮神社が一宮とされていたであろうというのがほぼ定説になっています。

一宮神社は延喜式神名帳所載の名神大社・天石門別八倉比売神社の論社の一つです(他の有力な論社に徳島市国府町西矢野の天石門別八倉比売神社がある)。ただし、本来の鎮座地は神山町神領の上一宮大粟神社(四国曼荼羅霊場73番)で、参拝に不便なことから国府近くに勧請され、下一宮とも称されました。御祭神・天石門別八倉比売命は大宜都比売命の別名とされます。大宜都比売命は穀物の神であると同時に、阿波の国魂神でもあります。

鎌倉時代に阿波国の守護を務めた小笠原氏の一族で一宮城の城主であった一宮氏が大宮司を兼ねていたようです。一宮氏は細川氏の重臣となり、三好氏が台頭すると姻戚関係を結び、当主であった一宮成祐は阿波の有力国人として活躍、三好氏と対立した後は長曽我部元親方に加わり、阿波平定に貢献しました。しかし、四国を平定した元親は成祐を謀殺、一宮氏は没落します。

その後、阿波の国主となった蜂須賀氏は、当初、一宮城に入ったことから当社を深く崇敬しました。一宮成祐の甥で讃岐国水主にいた光信を招いて一宮神社の大宮司とし、その子孫が大宮司を世襲しましたが、蜂須賀家の縁戚である小倉藩主・小笠原氏と同姓であることを憚り、笠原に改姓したとされます。

四国13番札所でしたが、明治の神仏分離により別当の大日寺が13番札所になりました。この時、大日寺は本尊を大日如来から一宮神社の本地仏であった十一面観世音菩薩に改めています。

目次

一宮大明神の納経

四国13番 一宮大明神の納経

『順拝帳』を見ると、墨書は右から順に

「奉納」
「四国十三番」
「一宮大明神」
「本地佛十一面観音」
「大宮司」
「酉花月十五日」(※「花月」は3月の異称)

朱印は中央上部に十六八重菊の御紋、左側中ほどに四国13番の御詠歌「阿波之国一之宮とハいう多すき かけてたのめや此世後のよ」、左下に「水主勝定」。

非常に面白い内容です。「四国十三番」が印ではなく墨書なのは、納経を始めて間もないことを伺わせます(その後、十三番の印を作っている)。「本地佛十一面観音」の強調は、次回、大日寺の納経との関連で注目しておくべきところです。

そして、大宮司の署名のところにある「水主勝定」の印。下記のサイトによれば、江戸時代、笠原姓に改めたのは「勝定」の代のことだそうです。

武家家伝_一宮氏(戦国風雲史-戦国武将の家紋)

「水主勝定」は、笠原姓に改めた「勝定」(改姓後は笠原勝定)のことではないでしょうか。事実、これより後、天保以降の納経帳には、一宮神社の大宮司は「笠原丹波守」として署名しています。

そして、蜂須賀家に招かれた「光信」は讃岐国水主(みずし)に住んでいました。とすると、勝定以前、一宮神社の大宮司は一宮氏や小笠原氏ではなく、水主氏を称していたのではないでしょうか。そして、より古く由緒ある小笠原を名乗ろうと思ったが、小倉・小笠原氏を憚って笠原に改めた……と。

いろいろ想像を掻き立てられます。

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一宮大明神の概要

一宮大明神(いちのみや だいみょうじん)
現名称:一宮神社
御祭神:天石門別八倉比売命(大宜都比売命)
創建年代:不詳
鎮座地:阿波国名東郡一宮村(徳島県徳島市一宮町)
社格等:式内論社(名神大・月次・新嘗)、阿波国一宮、旧県社

文政8年『神社仏閣順拝帳』
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