四国13番 大日寺〈文政8年〉

文政8年『神社仏閣順拝帳』
四国13番 大栗山 花蔵院 大日寺
阿波国名東郡一宮村(徳島県徳島市一宮町)

四国13番大日寺の納経

四国6日目の行程は13番大日寺まで。

江戸時代までの四国13番札所は一宮大明神でした。もともと四国八十八ヶ所には各国の一宮など、神社が札所になっているところ数か所あり、それらは別当寺が納経を司っていました。ところが、この『順拝帳』では一宮大明神と別当・大日寺の両方で納経をしています。神社と別当寺の確執を感じさせる納経です。

一宮大明神については前回書いたので省略し、大日寺についてのみ記します。

寺伝によれば、弘仁6年(815)この地で弘法大師が護摩の修法をしていると、空に紫雲がたなびき、大日如来が現れて「この地は霊地なり。心あらば一宇を建立すべし」と告げられました。そこで自ら大日如来の像を刻み、堂宇を建立して本尊としたのが大日寺の始まりとされます。

上一宮(上一宮大粟神社)から下一宮(一宮神社・一宮大明神)が勧請されると別当寺となり、一宮寺とも称されたそうです。中世には下一宮とともに一宮氏の崇敬を受けました。

天正年間(1573~92)の兵火で焼失し、江戸時代の前期、徳島藩3代藩主・蜂須賀光隆により再建されました。

明治の神仏分離により一宮神社から分離し、13番札所を引き継ぎました。その際、一宮大明神の本地仏である十一面観音を本尊とし、それまでの本尊であった大日如来は脇侍とされました。

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大日寺の納経

四国13番大日寺の納経

『巡拝帳』を見ると、墨書は右から順に

「奉納経」
「本尊大日如来」
「一宮大明神」
「大栗山」「大日寺」
「酉三月十五日」

中央の朱印は十六八重菊の御紋、右上は「四国十三番」、左下は「大栗山華蔵院」。大日寺の院号は「花蔵院」ですが、「花」ではなく「華」を使っています。また、「華蔵」は「華+臧」で「蔵」の草冠を省略しているようです。

墨書で注目すべき点は「本尊大日如来」の部分です。通常、神社が札所で別当が納経を司る場合、神社の本地仏の名を書くのですが、ここでは別当寺の本尊のみ記されています。因みに、前回指摘したように、一宮大明神での納経は本地仏・十一面観音が記されています。

『日本歴史地名大系 徳島県の地名』によれば、文政8年(1825、太郎助の巡拝と同じ年)の『奇応記』には、当時の本尊は弘法大師御作の大日如来であるのに、遍路道しるべに本尊を十一面観音としているのは誤りだと当寺が主張していることが記されているそうです。

いろいろ確執があるようで興味深いのですが、このあたりについてはいずれ稿を改めて考察したいと思います。

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大日寺の概要

大栗山 華蔵院 大日寺(だいにちじ)
現名称:大栗山 花蔵院 大日寺
御本尊:十一面観世音菩薩
創建年代:弘仁6年(815)
開山:弘法大師
所在地:阿波国名東郡一宮村(徳島県徳島市一宮町)
宗派等:真言宗大覚寺派

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