四国6番 安楽寺〈文政8年〉

文政8年『神社仏閣順拝帳』
四国6番 温泉山 瑠璃光院 安楽寺
阿波国板野郡引野村(徳島県板野郡上板町引野)

四国6番安楽寺の納経

徳島藩には駅路寺という独自の制度がありました。遍路や旅人に宿や食事を提供し、旅の便を図るというもので、領内の真言宗8ヶ寺が指定されていました。安楽寺は四国八十八ヶ所の霊場で唯一の駅路寺です。

寺伝によれば、弘仁6年(815)当地を巡錫中の弘法大師が、現在地の北西約2kmの安楽寺谷で温泉を発見しました。この温泉は諸病に効能があったことから、薬師如来因縁の地と感得し、一寺を建立したのが安楽寺の始まりとされます。

しかし天正年間(1573~92)の長曽我部の兵火により焼失、現在地にあった瑞運寺と合併する形で再興されました。以来、瑞運寺と称するようになり、四国霊場の札所としては安楽寺の号を用いたようです。

元禄2年(1689)刊行の『四国徧礼霊場記』には「瑠璃山日興院瑞運寺」となっていますが、貞享4年(1687)刊行の『四国辺路道指南』には「六番安楽寺又は瑞運寺とも云う」とあります。因みにそれより30年余り前、承応2年(1653)に四国を巡拝した澄禅の『四国遍路日記』では駅路山浄土院安楽寺となっており、いろいろ変遷があったことを伺わせます。

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安楽寺の納経

四国6番安楽寺の納経

『順拝帳』を見ると、墨書部分は版木押しで、右から順に

「奉納経」
「本尊薬師如来」
「阿州温泉山」
「安楽寺」
「酉三月十四日」

山号について、『四国徧礼霊場記』には「むかしは温泉あるの故に温泉山といひき。今は瑠璃山とぞ聞こゆ」とありますが、この納経では「温泉山」となっています。「温泉山」の山号が復活していたのか、それとも四国霊場の札所「安楽寺」としては「温泉山」を用いていたのか、そのあたりはよくわかりません。

中央に朱印はなく、右上に「四国六番」、左下に「温泉山」。版木、朱印ともに天保11年(1840)の納経帳で用いられているものと同じように思われます。

安楽寺の概要

温泉山 瑠璃光院 安楽寺(あんらくじ)
現名称:温泉山 瑠璃光院 安楽寺
御本尊:薬師如来
創建年代:弘仁6年(815)
開山:弘法大師
所在地:阿波国板野郡引野村(徳島県板野郡上板町引野)
宗派等:高野山真言宗
http://www.shikoku6.or.jp/

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