四国33番 雪蹊寺〈文政8年〉

文政8年『神社仏閣順拝帳』
四国33番 少林山 雪蹊寺
土佐国吾川郡長浜村(高知県高知市長浜)

四国33番雪蹊寺の納経

四国14日目は33番雪蹊寺から36番青龍寺まで。この日も4ヶ寺参拝しています。

雪蹊寺は四国88ヶ所中2ヶ寺しかない臨済宗妙心寺派の寺院ですが、元は真言宗で保寿山高福寺と称しました。また、慶雲寺と称していた時期もあるようです。

寺伝によれば弘法大師の開創とされます。

鎌倉時代には仏師の運慶・湛慶父子が滞在し、運慶は本尊の薬師如来像と脇侍の日光・月光菩薩像を、湛慶は毘沙門天・吉祥天・善膩師童子像を制作したと伝えられます。

永禄11年(1588)長曽我部元親が薬師堂を建立。元親は月峰和尚を招いて中興開山とし、臨済宗に改めました。慶長4年(1599)元親が没すると、後を継いだ四男の盛親は当寺を長曽我部氏の菩提寺とし、寺号を元親の法号「雪蹊恕三大禅定門」に因んで雪蹊寺と改めました。

明治の神仏分離で廃寺となり、長曽我部元親を祀る秦神社が創建されています。33番札所は31番竹林寺に移され、高福寺の名で納経をしていました。その後、名僧・山本大玄師が再興。

後に妙心寺派の管長となり、昭和の傑僧と呼ばれた山本玄峰師は、若き日に目を患い、ほとんど失明の状態で四国遍路をしていたとき、大玄師によって救われ、雪蹊寺で出家しました。

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雪蹊寺の納経

四国33番雪蹊寺の納経

『順拝帳』を見ると、墨書部分は右から順に

「奉納経」
「本尊薬師如来」
「土州少林山」「雪蹊寺」
「酉三月廿三日」

中央の朱印は十六八重菊に五三の桐の御紋。右上は「第三十三番」、左下は「雪蹊」。

雪蹊寺の概要

少林山 雪蹊寺(せっけいじ)
現名称:高福山 雪蹊寺
御本尊:薬師如来
創建年代:弘仁6年(815)
開山:弘法大師 /中興:月峰和尚
所在地:土佐国吾川郡長浜村(高知県高知市長浜)
宗派等:臨済宗妙心寺派

文政8年『神社仏閣順拝帳』
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