四国31番 竹林寺〈文政8年〉

文政8年『神社仏閣順拝帳』
四国31番 五台山 金色院 竹林寺
土佐国長岡郡五台山村(高知県高知市五台山)

四国31番竹林寺の納経

五台山竹林寺は高知を代表する名刹です。高知という地名も、元は「河内山城」と呼ばれていた高知城を、竹林寺の本尊・文殊菩薩の智慧にあやかって「高智山城」と改め、後に山が省略され、「智」を「知」と書くようになったことに由来するといわれます。

寺伝によれば、神亀元年(724)聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創したとされます。ある時、聖武天皇は唐土の五台山に登り、文殊菩薩に親しく拝するという夢を見ました。そこで行基菩薩に五台山に似た霊地を探し、寺院を建立するよう命じました。諸国を巡錫した行基菩薩は、この地を推挙して伽藍を建立、自ら栴檀の木に刻んだ文殊菩薩像を本尊として安置しました。

大同年間(806~10)弘法大師が留錫し、伽藍を再興して真言密教の道場としました。文保2年(1318)夢窓国師が五台山の西麓に吸江庵を結んで滞在。国の名勝に指定されている庭園は、この時に夢窓国師が作庭したと伝えられています。

江戸時代は歴代土佐藩主の祈願所として寺運は隆盛し、土佐国でも随一の伽藍を誇っていました。また、多くの学僧が集まる学問寺としても知られていました。

重要文化財に指定されている本堂は文殊堂と呼ばれ、江戸時代前期の建築。太郎助もこの本堂を参拝したのでしょう。

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竹林寺の納経

四国31番竹林寺の納経

『順拝帳』を見ると、墨書部分は右から順に

「奉納経」
「聖武天皇勅願所」
「金楼大聖文殊師利」
「土国」「五台山金色教院」
「竹林寺役者」
「三月廿二日」

「文殊師利」というのは文殊菩薩のサンスクリット語名「マンジュシュリー」の音訳。「文殊」は「文殊師利」の略称です。「金楼」は「金堂」「本堂」と同義でしょう。

中央の朱印は火炎宝珠に文殊菩薩の種字「マン」。右上は「四国三十一番」、左下は白抜きで「五臺山」。

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竹林寺の概要

五台山 金色院 竹林寺(ちくりんじ)
現名称:五台山 金色院 竹林寺
御本尊:文殊菩薩
創建年代:神亀元年(724)
開山:行基菩薩
所在地:土佐国長岡郡五台山村(高知県高知市五台山)
宗派等:真言宗智山派
http://www.chikurinji.com/(リンク切れ)

文政8年『神社仏閣順拝帳』
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