文政8年『神社仏閣順拝帳』
四国23番 医王山 無量寿院 薬王寺
阿波国海部郡奥河内村(徳島県海部郡美波町奥河内)
四国9日目は厄除けの霊場として有名な23番薬王寺のみ。阿波国最後の札所で、土佐国最初の札所となる室戸岬の24番最御崎寺までは約80km、およそ2日間の行程となります。
寺伝によれば神亀3年(726)聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創したとされます。
弘仁6年(815)、弘法大師が42歳の時、自身と衆生の厄除けを祈願し、一刀三礼して彫った薬師如来を納めて本尊としました。以来、厄除けの根本祈祷寺として信仰され、平城天皇・嵯峨天皇・淳和天皇など歴代天皇が厄除けの勅使が遣わされたと伝えられます。また、細川氏や蜂須賀氏など武門の帰依も篤かったようです。
文治4年(1188)火災で堂宇が焼失した際、本尊の厄除け薬師は光を放ちながら玉厨子山に飛び去り、自ら難を避けました。その後、伽藍が再建されて新しい本尊が安置されると、元の本尊が戻ってきて後ろ向きに本堂に入ったといいます。このため、薬王寺には前向きと後ろ向きの二体の本尊があるのだそうです。
現在は高野山真言宗の別格本山ですが、江戸時代は京都大覚寺の末寺だったようです。
なお、薬王寺のシンボルともいうべき瑜祇塔は新しく、四国霊場開創1150年を記念して昭和38年(1863)に建立されたものです。当然、太郎助は見ていません。
薬王寺の納経
『順拝帳』を見ると、右から順に
「奉納」
「本尊薬師如来」
「阿州醫王山」「薬王寺」
「酉ノ三月十八日」
中央に朱印はありません。右上の印は「四国二十三番」、左下は判読できません。
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薬王寺の概要
医王山 無量寿院 薬王寺(やくおうじ)
現名称:医王山 無量寿院 薬王寺
御本尊:薬師如来
創建年代:神亀3年(726)
開山:行基菩薩
所在地:阿波国海部郡奥河内村(徳島県海部郡美波町奥河内)
宗派等:高野山真言宗(別格本山)
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