古今御朱印覚え書

御朱印に関する考察、寺社参拝、拝受した御朱印、昔の御朱印・納経帳などについてのメモ

乙宝寺〈文政8年〉

      2015/02/22

文政8年『神社仏閣順拝帳』
如意山 乙宝寺(おっぽうじ)

乙宝寺の納経印

現名称:乙宝寺
御本尊:胎蔵界大日如来、阿弥陀如来、薬師如来
所在地:越後国蒲原郡乙村(新潟県胎内市乙)
宗派等:真言宗智山派
http://oppouji.info/

文政8年、いよいよ巡拝に出発した太郎助ですが、最初の納経印は越後国蒲原郡乙村、現在の新潟県胎内市にある如意山乙宝寺で受けています。

参拝した日は、判読しづらいのですが2月15日のようです。新暦では4月3日になります。漆畑村からの直線距離は約150km。乙宝寺から次の加賀金沢の大乗寺までが直線距離約300kmで11日間、単純な比較はできませんが、5~7日かけたとすると、新暦で3月下旬に出発した計算です。雪融けを待ってのことでしょう。

寺伝によれば、乙宝寺は天平8年(736)聖武天皇の勅願により、行基菩薩と婆羅門(ばらもん)僧正によって開創されました。本尊は、行基菩薩が自ら刻んだという胎蔵界大日如来、阿弥陀如来、薬師如来の三尊でした。

婆羅門僧正は菩提僊那(ぼだいせんな、ボーディセーナ)のことです。インドのバラモン階級に生まれ、若いころにヒマラヤを越えて唐に入りました。日本に迎えられ、東大寺の大仏の開眼供養では導師を務めたことから、聖武天皇、行基菩薩、良弁僧正とともに東大寺の四聖と称されます。

伝えられるところでは、婆羅門僧正がインドから携えてきたお釈迦様の両眼の舎利のうち、右眼の舎利を唐に建てた寺に納めて「甲寺」、左眼の舎利をこの寺に納めて「乙(きのと)寺」と名付けたとされます。後に、後白河院から左眼舎利を奉安する金の宝塔を賜り、あわせて「宝」の一字を与えられて「乙宝寺」と称するようになったのだそうです。また、「写経猿」の説話に因んで「猿供養の寺」とも呼ばれます。

三重塔は国の重要文化財。行基菩薩の作という旧本尊は旧国宝に指定されていましたが、昭和12年の火災で焼失しました。

乙宝寺の納経印

参拝帳を見ると、墨書は右上から
「奉納経」
「越后乙」(后=後)
「如意山 乙宝寺」
「本尊胎蔵界大日如来」
「釈迦如来左眼御舎利」
「文政八乙酉年 二月十五(?)日」「知事」「行者丈」。

朱印は二つで、中央のものは宝珠に梵字のようですが、残念ながら判読できません。左下、「知事」の署名のところの印も、かすれて判読できなくなっています。

上部2行目「越后乙」については、「后」は「後」と通用するので「越后」は「越後」のこと。3文字目が分かりづらいのですが、所在地である乙村の「乙」と思われます。

◆文政8年『神社仏閣順拝帳』
波宇志別神社 → 乙宝寺 → 大乗寺

 - 文政8年『神社仏閣順拝帳』 ,

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