文政8年『神社仏閣順拝帳』
四国27番 竹林山 神峯寺
土佐国安芸郡唐浜村(高知県安芸郡安田町唐浜)
四国12日目の3月21日は27番神峯寺から。神峯寺は土佐国の関所寺で、「真っ縦(まったて)」と呼ばれる急坂を上った神峯山の中腹にある四国屈指の難所です。そのため、麓にある前札所の養心庵や安田村にある別当の常行寺(どちらも現在は廃寺)で納経する人が多かったようです。太郎助も常行寺で納経しています。
典型的な神仏習合の霊場で、江戸時代には現本堂の奥約400mに鎮座する神峯神社の本殿に神峯寺本尊の十一面観音が祀られ、一般には観音堂と呼ばれていました。明治の神仏分離で神峯寺の本尊・札所は26番金剛頂寺に移され、寺号を廃して神峯神社となりました。
現在の神峯寺は明治20年(1887)元の僧坊跡に再興されたものですが、寺格がなかったため、大正元年(1912)茨城県稲敷郡朝日村(現・阿見町小池)の真言宗・地蔵院の寺基を移す形で認可を受けました。現在の院号はこれによるものと思います。
寺伝によれば、神功皇后が三韓征伐に際し、戦勝を祈願して天神地祇を祀ったことが起源とされます。天平2年(730)行基菩薩が聖武天皇の勅により十一面観音を刻んで本尊とし、神仏習合の霊場となりました。大同4年(809)弘法大師が伽藍を建立し、「観音堂」と名付けたと伝えられます。
近世の歴史は複雑で、資料による違いもあってよくわからないのですが、『日本歴史地名大系 高知県の地名』(平凡社)に基づいてまとめてみたいと思います。
天正年間(1573~92)には、現在地の北約4kmに神峯神社が、山麓の唐浜村に別当の神峯寺(しんぽうじ)があったようです(天正15年の安田庄地検帳に「シンホウシヤシキ」の名がある)。しかし神峯寺は慶長年間(1596~1615)に退転し、一方、神峯神社は元和年間(1615~24)に火災で社殿・旧記・宝物等すべて焼失しました。
その後、神峯神社の現社地に社殿が再建された際、廃寺となっていた神峯寺の十一面観音も納められて観音堂と呼ばれるようになったことから、ここが27番札所の神峯寺として通用するようになりました。
しかし、険しく不便な場所にあるため神職や僧侶は常駐せず、安田村の常行寺が別当として管理しました(神峯寺が廃寺になったとき、住職が常行寺に移ったため、以後、常行寺が別当となったようです)。
そのため、遍路も常行寺や前札所の養心庵で納経し、麓からの遥拝ですますこともあったようです。太郎助も常行寺で納経をしていますが、この日は神峯寺と大日寺の2ヶ寺しか参拝してないことや前後の行程から考えると、麓から遥拝するのではなく、札所の観音堂にきちんと参拝しているのではないかと思います。
神峯寺の納経
『順拝帳』を見ると、墨書部分は右から順に
「奉納」
「本尊十一面観世音」
「土州竹林山」「神峯」
「三月廿一日」
中央の朱印は「佛法僧寶」の三宝印。右上は「四国二十七番」、左下は「常行禅寺」。これで太郎助が常行寺で納経したことがわかります。中央の朱印が禅宗や浄土宗の寺院でよく使われる三宝印であるのもそのためでしょう。江戸時代の納経帳を見ると、墨書はだいたい「神峯」で統一されており、印は納経した寺のものを押すことになっていたようです。
ところで、「常行禅寺」とあることからもわかるように、常行寺と養心庵は禅宗でした。ということは当然、常行寺の管理下にあった神峯寺も禅宗寺院だったと考えるのが妥当ではないでしょうか。禅宗に改められたのは11番藤井寺や15番阿波国分寺がそうであるように、江戸時代の初めに再興したのが禅僧だったことによるのではないかと思われます。
明治に再び廃寺となり、その後、真言宗の寺院として再興されたのは、本尊・札所が金剛頂寺に移されたことが影響しているのでしょう。この時、常行寺や養心庵も廃寺になっているのですが、もし、常行寺が廃寺にならず、そちらに本尊・札所が移されていれば、27番札所は禅宗のままだったのではないでしょうか。
非常に興味深い歴史を持つ札所です。
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神峯寺の概要
竹林山 神峯寺(こうのみねじ)
現名称:竹林山 地蔵院 神峯寺
御本尊:十一面観世音菩薩
創建年代:天平2年(730)
開山:行基菩薩
所在地:土佐国安芸郡唐浜村(高知県安芸郡安田町唐浜)
宗派等:真言宗豊山派(当時は禅宗であったと思われる)
現名称:神峯神社
御祭神:大山祇命/配祀:天照大神、春日大神、八幡大神
創建年代:伝・神武天皇の御代
所在地:土佐国安芸郡唐浜村(高知県安芸郡安田町唐浜)
社格等:国史現在社、旧県社
少林山 鈴林院 常行寺(じょうぎょうじ)
現名称:(廃寺)
所在地:土佐国安芸郡安田村(高知県安芸郡安田町安田)
※神峯寺(観音堂)の別当
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