文政8年『神社仏閣順拝帳』

四国番外 恵信庵〈文政8年〉

文政8年『神社仏閣順拝帳』 四国番外 恵信庵 阿波国名西郡左右内村(徳島県名西郡神山町下分) 聞いたことのない名前ですが、「衛門三郎廟所」「杖杦(杉)古跡」とあるので、現在の杖杉庵と考えて間違いないでしょう。かつて杖杉庵を恵信庵と呼んでいた...
御朱印談義

書置き・スタンプの御朱印(中)

次に文字部分をスタンプにした御朱印(納経印)について考えてみたいと思います。昔であれば版木押しもしくは印判というのが適切でしょうか。 スタンプ(版木押し)の御朱印(納経印) 昭和の終わり頃からの一時期、四国八十八ヶ所4番札所の大日寺が、墨書...
文政8年『神社仏閣順拝帳』

四国12番 焼山寺〈文政8年〉

文政8年『神社仏閣順拝帳』 四国12番 摩廬山 正寿院 焼山寺 阿波国名西郡左右内村(徳島県名西郡神山町下分) 12番焼山寺は焼山寺山の8合目にあり、11番藤井寺からの道のりは「遍路ころがし」と呼ばれる阿波国第一の難所です。太郎助の四国第6...
御朱印談義

書置き・スタンプの御朱印(上)

Wikipediaの「朱印(神社仏閣)」の項目を見ると、 近年では寺社名や本尊の墨書せず寺社名や本尊の入った印章(スタンプ)を押す、あらかじめ書置きした別紙、墨書を複写した別紙を、渡されるもしくは貼り付けられる寺社もある。 という一文があり...
御朱印拝受

刈萱山 西光寺

刈萱山 西光寺(さいこうじ) 刈萱道心は高野山を下りて信州の善光寺に向かい、そのそばに草庵を結んで地蔵菩薩の像を彫り、建保2年(1214)に亡くなったとされます。長野市の善光寺近くには、刈萱道心終焉の地と伝えるお寺が2ヶ所あります。一つは前...
文政8年『神社仏閣順拝帳』

四国11番 藤井寺〈文政8年〉

文政8年『神社仏閣順拝帳』 四国11番 金剛山 藤井寺 阿波国麻植郡飯尾村(徳島県吉野川市鴨島町飯尾) 吉野川の北を阿讃山脈沿いに西に進んできた遍路道は10番切幡寺から南に向かい、吉野川を渡って11番藤井寺へと向かいます。太郎助の四国5日目...
御朱印拝受

刈萱堂 往生寺

道念(石童丸)を弟子とした刈萱道心は、親子であることをつげないまま高野山の刈萱堂で修業を重ねます。しかし、親子の情愛にひかれて修行がおろそかになることを恐れ、信州の善光寺へ向かったと伝えられます。そして、善光寺のそばに草庵を結び、建保2年(...
文政8年『神社仏閣順拝帳』

四国10番 切幡寺〈文政8年〉

文政8年『神社仏閣順拝帳』 四国10番 得度山 灌頂院 切幡寺 阿波国阿波郡切畑村(徳島県阿波市市場町切畑) 吉野川の北側にある1番から10番までの10ヶ寺を十里十ヶ所と呼びます。比較的短い距離に徒歩で巡拝するには手ごろな区間となっています...
御朱印拝受

高野山 刈萱堂 刈萱道心と石童丸

高野山の奥之院に向かう途中、道路の右側に鮮やかな朱色のお堂が建っています。刈萱道心と石童丸の物語で名高い刈萱堂(かるかやどう)です。 刈萱道心と石童丸の物語は「山椒大夫」や「小栗判官」、「しんとく丸」などとともに説教節の代表作とされるもので...
文政8年『神社仏閣順拝帳』

四国9番 法輪寺〈文政8年〉

文政8年『神社仏閣順拝帳』 四国9番 正覚山 菩提院 法輪寺 阿波国阿波郡土成村(徳島県阿波市土成町土成) 9番法輪寺は山の麓にある8番熊谷寺から南へ約2km、平地の田んぼの中の小さな寺です。しかし、元は現在地より4kmほど北、山間の法地ヶ...