香川県高松市宮脇町1-30-3(Mapion/googlemap)
石清尾八幡宮(いわせお はちまんぐう)
正式名称:石清尾八幡宮
御祭神: 足仲彦命、誉田別命、息長帯姫命
創建年代:延喜18年(918)
鎮座地:香川県高松市宮脇町1-30-3
社格等:旧県社
http://www.iwaseo.com/
【御由緒】
社伝によれば、創建は延喜18年(918)。赤塔山(現在の石清尾山)に八幡大神が現れたので祠を設けて奉斎したとも、国司の藤原保忠が山城国の石清水八幡宮より勧請したとも伝えられます。
赤塔山の尾根が東に張り出した末端に小山があり、ちょうど亀の尾のように見えたことから亀尾山と呼ばれていました。この山上に祀ったことから、石清水と亀尾を合わせて「石清尾」と称するようになったとされます。
南北朝時代には足利幕府の管領となった細川頼之が深く尊崇しました。
貞治2年(1363)伊予の河野氏征討の途次、当社で戦勝を祈願し、翌3年(1364)4月3日、凱旋の帰途に立ち寄って祈願成就の臨時祭を行いました。以後、毎年4月3日に祭礼が行われ、それにあわせて市が立つようになり、頼之の官職に因んで「右馬頭市」と呼ばれるようになりました。現在は5月2~3日に行われ、市立祭と称します。
また社殿の修造や神領の寄進を行い、現在も頼之の寄進とされる甲冑や征矢が伝えられています。
天正15年(1587)讃岐の国主となった生駒親正は高松城の築城と城下町の整備に際し、当社を鎮守と定めて社殿を改築、社領を寄進しました。
その後、高松藩主となった松平氏も当社を尊崇し、寛永21年(1644)初代藩主・松平頼重は現社地に鶴岡八幡宮を模して社殿を造営・遷座、寛文6年(1666)には社領200石余を寄進しました。宝永2年(1705)三代藩主・松平頼武が社殿を改修し、以来、歴代藩主は毎年の社参を例としました。。
明治5年(1842)県社に列格。
昭和61年(1986)本殿・幣殿・上拝殿が火災で焼失。平成元年(1989)再建されました。
石清尾八幡宮の御朱印
御朱印は授与所にていただきました。
石清尾八幡宮の御朱印。文字の部分はスタンプで「讃岐高松總鎮守 石清尾八幡宮」。中央の朱印は「石清尾八幡宮之印」、右上は「さぬき十五社第五番」。
石清尾八幡宮の参拝記
高松市宮脇町、石清尾山の麓に鎮座する石清尾八幡宮は高松の総鎮守として崇敬されています。さぬき十五社の第五番でもあります。
参拝は平成24年の10月。時おり雨がぱらつくあいにくの天気、境内は例大祭を数日後に控えた準備の最中でした。
高松駅から南西に約2km、八幡通りを西に向かうと正面に石清尾八幡宮が見えてきます。
大鳥居。業者さんが樹木の選定をしていました。
神橋と随神門。門の手前の狛犬は陶器製です。
絵馬殿。
下拝殿。鶴岡八幡宮に倣い、下拝殿・上拝殿・本殿という構成になっているそうです。
上拝殿。手前下段には境内社。
本殿。
次の目的地に向かう途中、石清尾八幡宮の境外末社である道祖神社に立ち寄りました。
道祖神社。寛文6年(1666)松平頼重によって創建され、参勤交代の道中の守護神として崇敬されたそうです。昭和20年(19445)の空襲で焼失しましたが、平成8年(1996)再建されたとのこと。
道祖神社の本殿。金色に輝いています。伝統を踏まえながらも洒落たデザインです。
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