新潟県上越市大豆1743(Mapion/googlemap)
上杉謙信が居城とした春日山城の跡に鎮座する春日山神社。御祭神は上杉謙信。参拝は平成21年。
平成21年はNHKの大河ドラマが直江兼続を主人公とする『天地人』で、その前半の舞台となった春日山城やその周辺も注目を集め、観光客も多かったようなのですが、それに合わせて参拝したというわけではありません。珍しく上越市のほうへ出張することがあり、仕事の予定が午後からだったため、前日のうちに現地に入り、当日の午前中は春日山神社や居多神社、五智国分寺などに参拝、御朱印をいただきました。御朱印の有無は確認しませんでしたが、国府別院にも参拝しました。
この日の参拝の主目的は居多神社だったのですが、春日山神社は観光客で混雑することが確実なので、まだ人が少ないであろう朝一番に参拝しておくことにしました。
駐車場からの石段。118段あるそうです。結構急でした。
登りきると鳥居があり、その先に社殿が見えます。城跡に鎮座といっても、広大な春日山城の麓に近いほうで、本丸をはじめとする城の主要部分はさらに高いところにあります。神社が本丸にあったら大変だっただろうと思いながら参拝。
上杉謙信公の銅像。
境内には、なぜかカエルの石像がたくさんあります。上は「かんがえる」に「ぶじかえる」、下は「子宝かえる」。
春日山神社の御朱印
御朱印は鳥居脇の売店で、書置きのものをいただきました。
墨書は「春日山」「参拝」のようです。朱印は、中央上が「宝在心」(上杉謙信の家訓)、下は「春日山神社印」、右上に「祭神上杉謙信公」。
次の予定があるので駆け足での参拝。神社に着いた時には、すでに何人か人がいたのですが、参拝したり写真を撮ったりしている間に人が増え始め、駐車場に戻った時には観光バスも到着、30分遅ければ、境内は人でいっぱいだったでしょう。大河ドラマの効果を再認識し、春日山を後にしました。
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春日山神社の概要
春日山神社(かすがやま じんじゃ)
御祭神:上杉謙信命
創建年代:明治34年(1901)
鎮座地:新潟県上越市大豆1743
社格等:旧県社
【由緒】
春日山城は南北朝時代に築城されたと考えられており、永正の頃(1504~21)越後の守護代・長尾為景(上杉謙信の父)により城塞化されました。天文17年(1548)に長尾家の家督を継いだ長尾景虎(上杉謙信)は翌18年に春日山城に入り、以後、天正6年(1578)に没するまで居城とします。現在に残る春日山城の縄張りは、ほとんど謙信の代に築かれたものとされます。
謙信没後、上杉景虎との後継者争い(御館の乱)に勝利した上杉景勝が城主となりますが、慶長3年(1598)会津に移封されます。代わって領主となった堀氏は、慶長12年(1607)直江津港近くに築いた福島城に移り、春日山城は廃城となります。
明治23年(1890)旧高田藩士の小川澄晴(童話作家・小川未明の父)が同志とともに上杉謙信を祀る神社の創建する運動をはじめました。同27年(1894)認可を受けて社殿を造営、同34年(1901)米沢の上杉神社より御分霊を勧請・鎮座しました。
なお、春日山の名は、もともと山頂にならの春日大社から御分霊を勧請した春日神社があったことに由来します。春日山城築城に際し、鬼門の鎮護として上越市春日の現社地に遷座したと伝えられます。
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