松岬神社

山形県米沢市丸の内一丁目3-60(Mapion/googlemap

松岬神社

松岬神社(まつがさき じんじゃ)
正式名称:上杉神社
御祭神:上杉治憲 /配祀:上杉景勝、直江兼続、細井徳民、竹俣当綱、莅戸善政
創建年代:明治35年(1902)
例祭:4月30日、9月9日
社格等:旧別格官幣社上杉神社摂社、旧県社

【御由緒】
御祭神の米沢藩第9代藩主・上杉治憲(鷹山)は米沢藩中興の祖、江戸時代屈指の名君として知られ、戦前には修身の教科書にも取り上げられていました。

明治4年(1871)上杉謙信を祀る御堂(祠堂)を神式に改めた上杉神社に合祀されました。しかし同35年(1902)上杉神社が別格官幣社に昇格するに際し、上杉鷹山を分祀することとなり、摂社・松岬神社が創建されました。社号は米沢城の別名「松岬城」に因みます。

大正元年(1912)社殿が完成し、県社に列格しました。同12年(1923)米沢藩初代藩主・上杉景勝を、昭和13年(1938)には直江兼続(上杉景勝の重臣)、細井平洲(上杉鷹山の師)、竹俣当綱・莅戸善政(鷹山の改革を補佐した功臣)を合祀しました。

なお、上杉神社の南側に鎮座する春日神社は、越後・春日山城の鎮守として上杉氏の崇敬を受け、上杉氏の移封に伴って米沢に勧請されました。鷹山が藩の再建を願い、誓詞を奉納したことでも知られます。大正8年(1919)米沢大火で焼失したため松岬神社に合祀されていましたが、昭和56年(1981)社殿が再建されました。

松岬神社の御朱印

御朱印は上杉神社の社務所でいただけます。

松岬神社の御朱印

松岬神社の御朱印。中央の朱印は「松岬神社」。「なせば成る」は上杉鷹山の名言です。日本人なら誰でも一度ならず聞いたことがあるのではないでしょうか。

「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」

上杉鷹山と米沢 (人をあるく)上杉鷹山と米沢

松岬神社の参拝記

上杉神社への参道を進んでいくと、本丸を囲む堀の手前に松岬神社があります。上杉神社の摂社として創建されましたが、戦前は県社にも列格していました。

『平成「祭」データ』では独立した項目が立てられていますので、今も宗教法人としては独立しているのかもしれません。因みに鳥居脇の社号標には「上杉神社攝社 縣社松岬神社」とありました。

上杉鷹山公の像

神社東側の公園、上杉鷹山の銅像。

上杉神社、上杉景勝直江兼続主従の像

因みにこちらは上杉神社境内の「天地人」上杉景勝公と直江兼続公主従の像。NHKの大河ドラマ『天地人』で有名になったこの二人と鷹山の師・細井平洲、鷹山を支えた竹俣当綱・莅戸善政も松岬神社に合祀されています。

松岬神社一の鳥居

松岬神社の一の鳥居。県社に列格していただけあって、摂社とはいえ独立した神社の構えです。

 

松岬神社手水舎

手水舎。

松岬神社、伝国の辞の碑

『伝国の辞』の碑。『伝国の辞』は、鷹山が10代藩主・治広に家督を譲るに当り、藩主の心得として与えたものです。決して白い軽トラックのことではありません。

松岬神社拝殿

拝殿は改修中でした。

松岬神社社号額

拝殿の社号額。

松岬神社本殿

本殿。

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