古今御朱印覚え書

御朱印に関する考察、寺社参拝、拝受した御朱印、昔の御朱印・納経帳などについてのメモ

素盞嗚神社

      2016/06/29

広島県福山市新市町大字戸手天王1-1 [Mapion|googlemap]

素盞嗚神社

素盞嗚神社(すさのおじんじゃ)
正式名称:素盞嗚神社
旧称:江熊牛頭天王社、天王社、祇園社、疫隈国社
御祭神:素盞嗚尊、稲田姫命、八王子命
創建年代:天武天皇の御代(672~86)
例祭:7月14日
社格等:旧県社、備後国一宮

【御由緒】
社伝によれば天武天皇の御代(672~86)の創建で、醍醐天皇の御代(896~930)に再興されました。古くは江熊牛頭天王社と称しました。『備後国風土記』逸文に見える蘇民将来の説話の「疫熊国社(えのくまのくにつやしろ)」は当社のこととされます。

その昔、北海にいた武塔神が南海の神の娘のところに通っている時、日が暮れてしまったため、このあたりに住む将来兄弟に宿を求めました。弟の巨旦将来は豊かだったのですが宿を貸さず、兄の蘇民将来は非常に貧窮していましたが宿を貸し、粟飯などでもてなしました。

その後、年を経て武塔神が八柱の御子を率いて訪れ、「汝に子孫はいるか」と尋ねたので「娘がおります」と答えました。すると「茅の輪を腰の上につけさせよ」と告げたので、その通りにしました。その夜、蘇民の娘一人を残してことごとく殺し滅ぼし、「吾は速須佐雄能神なり。後の世に疫気あれば、蘇民将来の子孫と言って茅の輪を腰につけた人は免れることができるであろう」と告げました。

これが各地の神社で夏越の祓に行われる茅の輪くぐりや「蘇民将来之子孫也」という護符の由来とされ、また『釈日本紀』は「これ則ち祇園社(八坂神社)の本縁なり」と註記しています。

かつて、当社の境内に巨旦将来が植えたという早苗松があり、このあたりが巨旦将来の屋敷跡だと伝えられています。旧別当・天王寺の山号・早苗山はこの松に因むそうです。

また、当社は延喜式神名帳にある備後国深津郡の須佐能袁能神社にも比定されています。当社は旧・品治郡(明治に芦田郡と合併して芦品郡となる)に鎮座していますが、古くはこのあたりまで深津郡(明治に安那郡と合併して深安郡となる)だったと考えられています。ただし、深津郡市村(現・福山市蔵王町)の天神社、安那郡上御料村(現・福山市神辺町上御料)に比定する説もあります。

中世から近代にかけて、当社が須佐能袁能神社と称した形跡はありませんが、素盞嗚尊が牛頭天王と習合した(同一視されるようになった)ことにより、当社も牛頭天王社と称するようになったと考えられています。中世には鳥居前で「えのくま市」と呼ばれる市が断っていたようです。

天正11年(1583)相方城主・有地元盛の外護により社殿の葺替が行われました。江戸時代の初めには福山藩主・水野氏の援助によって社殿の造営が行われました。

明治元年(1868)式内社・須佐能袁能神社に治定され、社号を素盞嗚神社と改めました。大正2年(1913)郷社、昭和5年(1930)県社に昇格。

7月に行われる例大祭(祇園祭)はけんか神輿で有名。また、神輿が還御した後には「無言の神事」が行われます。吉備津神社(備後国一宮)の神官が神霊を乗せた神馬を率いて来社し、幣帛・神饌を供えて祝詞を奏上、当社の引受神官には無言のまま礼をして帰社するというもので、その由来は不詳だが、当社と吉備津神社の深い関わりを示すものといいます。

素盞嗚神社の御朱印

御朱印は社務所にて。

素盞嗚神社の御朱印

素盞嗚神社の御朱印。中央の朱印は八稜鏡に「式内 一宮 素盞嗚神社」、剣に「疫隈宮」、勾玉に「蘇民神社」。右上は五瓜に唐花の神紋。

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素盞嗚神社の参拝記

福山市新市町に鎮座する素盞嗚神社は福山市鞆町の沼名前神社、三次市甲奴町の須佐神社とともに備後の三大祇園に数えられます。また、『備後国風土記』逸文に見える疫隈国社であり、夏越の祓の「茅の輪」発祥の地とされます。備後国一宮を称し、全国一宮会にも加盟していますが、その根拠はよくわかりません。

参拝は平成26年10月。JR福塩線の上戸手駅から100mほどのところにありますが、この時は吉備津神社を参拝した後、タクシーを使って移動しました。

参道

素盞嗚神社の参道。鳥居-随神門-舞殿-拝殿-本殿が一直線上に並んでいます。

随神門

随神門。

水盤

見事な雲龍のレリーフが施された鉄製の手水盤。

舞殿

舞殿。神楽殿もしくは拝殿としている資料もあります。

中門

中門

中門。関ヶ原の合戦の後、廃城となった相方城から移築されたものです。

天満宮

天満宮。元は本地堂でしたが、明治の神仏分離の後、菅原道真を祀るようになりました。

蘇民神社

蘇民神社(御祭神:蘇民将来)と疱瘡神社(疱瘡神)。「疫隈国社」は素盞嗚神社ではなくこちらだとする説もあるようです。

素盞嗚神社

拝殿。資料によっては舞殿を拝殿、こちらを幣殿としているものがあります。

本殿

本殿。入母屋造の端正な社殿です。

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