古今御朱印覚え書

御朱印に関する考察、寺社参拝、拝受した御朱印、昔の御朱印・納経帳などについてのメモ

御金神社

      2016/02/29

京都市中京区押西洞院町618(Mapion/googlemap

御金神社

御金神社(みかね じんじゃ)
正式名称:御金神社
御祭神:金山彦命 /配祀:天照大神、月読命
創建年代:明治16年(1883)
鎮座地:京都市中京区西洞院通御池上ル押西洞院町618
社格等:

【御由緒】
神社の由緒書によれば、もともと民家で密かに祀られていたが、明治16年(1883)社殿を造営して御金神社と号し、「金神(こんじん)様」として親しまれてきたといいます。

Wikipediaによれば、金光教の布教師であった田中庄吉が、京都府知事の認可を受け、美濃国一宮・南宮大社の御祭神である金山彦命を祀る神社として創建しました。明治21年(1888)神道教会(神道本局=現在の神道大教か?)所属の御金教会所を設立しますが、同33年(1900)金光教別派独立に伴う講社結集には参加しませんでした。

現在は神社本庁所属の神社となり、金光教との関係はありません。近年は通貨として用いられる金・銀・銅などを守護することから証券・不動産などの資産運用、造作・転宅・方位・厄除け・旅行の無事などの御神徳で信仰を集めています。

御金神社の御朱印

御朱印は社務所にて拝受。書き置きのみです。

御金神社の御朱印

御金神社の御朱印。中央下の朱印は「御金神社守護」、上は神紋。金の印は鳥居と「金」。

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御金神社の参拝記

京都市中京区に鎮座する御金神社は、近年、金運上昇のパワースポットとして人気なのだそうです。シンボルは黄金に輝く鳥居で、御朱印にも金の鳥居の印が押されています。

市営地下鉄・二条城前駅から東に約300m、西洞院通に面して金の鳥居が建っています。

元は木の鳥居だったそうですが、昭和36年(1961)の第2室戸台風で倒壊したため、金属の神様に相応しくと鉄製の鳥居を再建しました。当初はクリーム色でしたが、平成18年(2006)全体に金箔を施して黄金の鳥居になったそうです。

御金神社拝殿

鳥居をくぐると、すぐ正面に拝殿があります。その背後には御神木の銀杏。

ところで、この御金神社、現在は神社本庁に所属していますが、Wikipediaによれば元は金光教の布教師であった田中庄吉が宗教活動の公認を受けるために創建した神社だそうです。そういう目で見れば、またいろいろ面白い神社です。金運上昇の御利益等についてはすでに大量の情報がありますので、当ブログでは別の切り口で取り上げてみたいと思います。

御金神社神紋

拝殿に掲げられた提灯をはじめ、境内のあちこちや授与品に御金神社の神紋が付されているのですが、金光教の「八波(やつなみ、八波に丸に金)」の教紋に非常に似ています。八波の部分を八稜鏡に換えているようです。手水舎の軒丸瓦(下の写真)の紋は八波ですが、神紋をアレンジする前の建築なのか、それとも軒丸瓦で八稜鏡は難しかったのか、そこのところはよくわかりません。

さて、御金神社の創建した田中庄吉は、金光教の大阪布教の礎を築いた初代白神新一郎によって導かれたそうです。

当時は今と違い、公認された宗教団体に所属しなければ宗教活動を自由に行うことはできませんでした。初代白神新一郎も大阪での教勢拡大には成功したものの、たびたびの官憲による干渉に困難を極めました。

そこで、難波神社の宮司のアドバイスを受け、神道大阪事務分局付属・八重垣講社の出張所として「天照皇大神、素盞嗚尊、金山彦命」を祀ることで府の認可を受け、宗教活動を行うことができるようになったのです。神道事務局は後の神道本局、現在の神道大教です。

とはいえ、初代の跡を継いだ息子の二代白神新一郎や同じく大阪で布教を行っていた近藤藤守などは、天地金乃神を祀る教団として活動することを望んでいました。そのために神道事務局の協力とアドバイスを得るために、明治16年(1883)神道大阪事務分局の局員2人を浅口郡大谷村(現・岡山県浅口市)の大本社に招き、金光大神(金光教祖)にも会わせています。

この時、神道事務局の局員が提案したのが、「金乃神」に因んで南宮大社(当時は国幣中社・南宮神社)の御祭神である金山彦命を勧請し、金光大神の広前をその崇敬講社とするという案でした。

この提案は、金光大神が「天地金乃神は金山彦命とは違うので、その通りにはできない」と断ることになるのですが、御金神社の創建が同じ年であることを考えると、この動きと連動していると考えて間違いないだろうと思われるわけです。

この後、金光教がどうやって教団を設立するに至ったかというのも面白いのですが、ここでは関係ないので割愛します。

ところで、御金神社を創建したといっても、当時は神社を統廃合するというのが政府の方針で、新しい神社や寺を創建するというのはほぼ不可能でした。たぶん、その抜け穴となったのが、明治11年(1878)の「社寺取り扱い概則」と同13年(1880)の「同・増補」だと思われます。それによれば、従来神社や祠の統合廃止が進められていましたが、地所や建造物が社としての体裁を整えていれば、社殿の建設や社号の「復旧」を認めるというものでした。

つまり、御金神社の「創建」は、表向きには「再興」という形を取ったであろうということです。

以上の内容を踏まえ、『平成「祭」データ』にある御金神社の御由緒を見ると、なかなか興味深い内容であることがわかります。

祭神は金山彦神、天照大神、月読神の三神を祀り、造化の神として生命の親神、万物育成の神である。平家物語の作者も「ぬえ」の住み処としてふさわしい森で平安末期の安元3年大火があり宝永5年にも又天明8年、元治元年と度々の大火にすべて焼失せり。坊目誌には御金山彦神を祀る神社が記され詳細は不明である。(『平成「祭」データ』より引用)

「造化の神として生命の親神、万物育成の神」というのは、本来が金光教の天地金乃神であったことの名残でしょう。

そして、「御金山彦神を祀る神社があったことが坊目誌に記載されているが、たびたびの大火で社殿・記録等はすべて焼失してしまった」という創立年代等すべて不詳の神社として「再興」の認可を受けたことが推測できます。焼失後については、現在の御由緒書にある「民家で密かに祀られてきた」という話になるのでしょう。

こういう御朱印に関係ないことを長々と書いて需要があるのでしょうか。皆様のご意見をコメントにいただ書いてければ幸甚です。

それはさておき、神社の境内に戻ります。

御金神社銀杏

御神木の銀杏。樹高約22m、幹回り2m25cm、樹齢200年以上で、京都市内有数の大樹だそうです。

御金神社銀杏の絵馬

銀杏に因んだ銀杏の葉の形の絵馬。

御金神社祖霊社

末社の祖霊社。

御金神社拝殿内部

拝殿内部と本殿。御神酒や御供え、献灯など、熱心な崇敬者の多いことがうかがえます。

御金神社授与所

境内のテントには無人販売所形式で金色のお札や金幣、金運上昇の夢枕、各種のお守りなどが置いてありました。まあ、確かにこんなところで盗みを働いて、金運がよくなるなどと考える人はいないでしょう。

御金神社、金のお札

目を惹かれたのが金のお札。赤い神紋が映えます。因みに、人気の福財布は社務所でいただくようです。

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